十字軍とその時代

1096年に第1回十字軍が派遣されてから約200年間、ヨーロッパからイスラーム世界に対して度々十字軍が派遣されてきました。 十字軍に関して比較的読みやすそうなもの、手に取りやすいものを紹介していきます。なお、当面は「北の十字軍」や 「レコンキスタ」などだけを扱った著作は外しておこうかと思います(特にレコンキスタはまた別の処でもしかしたら触れる かもしれませんので)。


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十字軍の思想十字軍の精神アラブが見た十字軍十字軍騎士団十字軍(岩波新書)文明の道(4)イスラームの「英雄」サラディン十字軍(クセジュ)十字軍(創元社)十字軍大全第四の十字軍十字軍の遠征フランク人の事績ノルマン騎士の地中海興亡史

ルネ・グルッセ(橋口倫介訳)「十字軍」白水社(文庫クセジュ)、1954年
アジア対ヨーロッパという対立関係を背景に、ヨーロッパの膨張・東方への植民運動として十字軍運動を捉えた著作。原書は第2次世界大戦 以前に出され、邦訳も20世紀半ばに初版が出されたというかなり古い書物であるため、最近では時々触れられる叙任権闘争との関連から見る という視点は無く、巡礼運動として十字軍を見るという感じで扱っているようでもなく、あくまで東方への植民活動として十字軍を見ている ようです。

そのためか、イェルサレム王国やアンティオキア公領といった十字軍国家の国制や文化、社会に関する話や、キプロス王国、さら にはキリキアのアルメニア人国家やラテン帝国、モレア公国といった十字軍運動中に各地に成立した西洋人の国家についてもかなり頁を割いて います。また、ニコポリス十字軍やハンガリー十字軍について言及し、最後は1529年の第1次ウィーン包囲で本を締めていると言う点に ついては、冒頭はペルシア戦争に始まるヨーロッパとアジアの戦いの歴史からはじめているように、この本はアジアとヨーロッパの戦いの 歴史の一つとして十字軍運動を見ているため、西欧の膨張以外の十字軍も当然触れられてしかるべき物だと思われます。一寸古いような気も しますが、十字軍国家の社会や文化についても色々と知ることが出来る貴重な本だと思います。

佐藤次高「イスラームの『英雄』サラディン 十字軍と戦った男」 講談社(講談社選書メチエ)、1996年
エジプト・アイユーブ朝の開祖サラディン(サラーフ・アッディーン)はイスラム世界における英雄としてのみならず 十字軍として敵対したヨーロッパ側からも騎士道精神の持ち主として見られている。このような英雄・聖人的なサラディン 像はイスラム、ヨーロッパ双方においてこれまで伝えられてきたものである。そこで、様々な虚飾を取り去ってサラディンの 生涯を書き出すことを試みたのが本書です。サラディンの生い立ち、少年時代からエジプトで地盤を固めていく時代、そして 十字軍に対して軍勢を集めて戦いを挑み、これをなんとか撃退したことがイスラム世界で残された史料の分析をもとに書き出さ れていきます。事を起こすにあたっては慎重な君主であり、果断で自由奔放な英雄と言ったタイプではないため、そういった タイプの英雄像を期待すると裏切られるかも。ただし、慎重で賢明な人物であったからこそこれだけのことが出来たともいえる のですが。

清水和宏(他)「NHKスペシャル文明の道(4) イスラムと十字軍」NHK出版、2004年
以前放送されていたNHKスペシャル「文明の道」から、イスラム(アッバース朝とバグダードの繁栄を扱った回)とヨーロッパ (フリードリヒ2世を扱った回)をまとめて一冊の本にしたものです。内容的にはNHKスペシャルで放送した内容とさほど変わらず、 イスラムだとバグダードの繁栄の様子が、ヨーロッパはフリードリヒ2世の生涯(外交交渉でのエルサレム回復)をまとめた本に なっています。十字軍に関してはこの本の執筆者の一人山内進先生が簡潔なまとめをしているほか、高山博先生が十字軍とフリードリヒ 2世の関係についてまとめたコーナーがあります。軽く十字軍について眺めてみるには丁度良いと思われます。

レーモン・ダジール/フーシェ・ド・シャルトル(丑田弘忍訳)「フランク人の事績 第1回十字軍 年代記」鳥影社、2008年
第1回十字軍にかんする年代記3本を掲載しています。十字軍の戦闘の様子が結構しっかり書かれていたりしますので、軍事史に関心が ある人が読んでも面白いと思います。当時の人々がどのような思いを抱きながら東方へと向かい、イスラム教徒と闘ったのか、史料に 触れながら考えてみても良いと思います。

ジョルジュ・タート(池上俊一監修)「十字軍 ヨーロッパとイスラム・対立の原点」 創元社(知の再発見双書)、1993年
十字軍関係の本というと、古い本の場合は西洋側の動きだけをまとめたような本が多いなか、ヨーロッパ側とイスラム側の双方について バランスよく記述をまとめているのが本書です。ヨーロッパ側では第1回十字軍の成功とその後の十字軍国家の展開を、イスラム側では ヌール・アッディーンやサラディンのもとでまとまって反撃に転ずる過程をまとめています。サラディンのエルサレム奪回の後の展開に ついては駆け足になってしまっていますが、双方の強さと弱さについて(時期によってはイスラム側が内部分裂していたりキリスト教側 が内部対立がが激しかったりすることや、初期のキリスト教勢力の団結の強さやザンギー朝の整備された統治システムなど)バランスの とれた記述がなされているように思えました。また全編を通して図版が多いことや、後半に資料集として同時代史料や現代の研究書の引用 があり、それを読むことでさらに十字軍運動について理解を深められるようになっているなど、かなり分かりやすくするための工夫が なされているようです。

橋口倫介「十字軍騎士団」講談社(学術文庫)1994年
1118年、かつて十字軍に参加した老齢の騎士ユーグ・ド・パイヤンが仲間と語らって少人数の巡礼路パトロール部隊を組織した事が発端 となり、1128年にはユーグを総長とするテンプル騎士団が結成、それと時をほぼ同じくしてヨハネ騎士団が、さらにその後にはドイツ 騎士団が結成されます。これらの騎士団は戦士と修道士の役割を同時に担う聖俗一致の騎士団であり、第2回以降の十字軍において重要 な戦力となりました。修道士にして戦士という存在が認められる思想的背景は何か、そしてこれらの騎士団の組織や軍事力のあり方はどの ような物であったのか、そして十字軍の展開と騎士団の活動のありかたについてまとめているのが本書です。これら騎士団の中でテンプル 騎士団は14世紀初めに解散させられ総長以下幹部は悲惨な最期を遂げることになりますが、なぜそのような事態に至ったのかについても 詳しく説明が為されています。テンプル騎士団というと色々な創作物で秘密結社のように扱われていますが、その実態について知りたい人 にお勧めです。

橋口倫介「十字軍 その脱神話化」岩波書店(岩波新書)、1974年
11世紀から13世紀にかけて約200年間にわたって西ヨーロッパから地中海東岸のイスラム世界に対し繰り返し行われた軍事遠征が十字軍です。 十字軍が始まる前の西ヨーロッパ世界内部の物質的発展や巡礼熱などの精神的土壌から説き起こし、十字軍の遠征と十字軍国家の建設、イスラム 側の反撃、そして十字軍の終焉までを書き出していきます。第1回十字軍のあたりに関する記述がかなりの部分を占める一方、それ以降の 十字軍は細かいところまでは書かれていません。また、アルビジョワ十字軍やオスマン帝国に対する十字軍についてはほとんど扱われてい ませんし、アッコン陥落以降の十字軍活動に関わったハンガリーなどの国々をキリスト教"後進国"と位置づけるなど、現在の十字軍に関する 研究からみるとこういう言い方はどうなのかと部分もあります。しかしそのような点があるとしても、十字軍の歴史を概観するうえでは良い 本であると思います。

ジェイムズ・ハーパー(本村凌二監修)「十字軍の遠征と宗教戦争」原書房、2008年
十字軍の歴史について、中世の写本などからとったカラー図版や個別の事柄についてのコラム(騎士修道会、フリードリヒ2世、クレルヴォの ベルナールから、ヴェネツィア、モンゴルまでいろいろ)を混ぜながらまとめた概説書です。内容としてはよくある概説書とそれほど違いが 在るような感じではないですが、中世の写本からとったカラーの図版が多いので、そういった図を見て楽しめる本だと思います。

エリザベス・ハラム(編)(川成清一・太田直也・太田美智子訳)「十字軍大全 年代記で読むキリ スト教とイスラームの対立」東洋書林、2006年
十字軍について書かれた本は数多くありますが、本書は十字軍運動が展開された時代に書かれた年代記や書簡など様々な同時代史料を組み合 わせながら十字軍が始まった頃の時期からコンスタンティノープル陥落、そして大航海時代にまで及ぶ長い時代を扱っています。同時代史料 の翻訳が読めるというのはありがたいことです。同時代人の立ち位置や考え方、その書き物の性格などを考えないといけない等々扱い方が難 しいところもありますが、なかなか面白い本です。フス派に対する十字軍やカタリ派に対する十字軍についても同時代の史料が色々引用され ており、十字軍運動をかなり広い幅で扱っているように思いました(でも「北の十字軍」についてはあまり出ていなかったような)。

ジョナサン・フィリップス(野中邦子・中島由華訳)「第四の十字軍 コンスタンティノポリス略奪 の真実」中央公論新社、2007年
十字軍というと、西欧のキリスト教徒がエルサレム奪回を大義名分としてイスラム教徒を相手に戦った約200年間にわたる軍事行動として 知られています。しかし、唯一エルサレムに向かわずにビザンツ帝国の首都コンスタンティノポリスを襲撃し、ビザンツ帝国を一時中断させ てしまった第四回十字軍という物があります。本書では、家族や所領を残し、莫大な費用をかけて帰還率5割ほどという過酷な十字軍の遠征 になぜ人々がこぞって参加したのか、なぜ聖地ではなくコンスタンティノポリスへ向かうことになったのか、そして、この巨大都市を何故 彼らが攻略することができたのかといったことを、同時代人の記述を元に詳しく書いていきます。

「最も罪を恐れた時代」の中世だったから こそ、十字軍に参加したら天国へ行けるという聖職者の言葉に従って多くの人々が参加したものの、ヴェネツィアとフランス貴族の間で勝手 に結ばれた密約(エルサレムの前にエジプトを攻める)と遠征計画のずさんさが、その後のキリスト教徒の都市ザラへの侵攻、さらには流浪 するビザンツ皇族アレクシオスの誘いにのってコンスタンティノポリスへと向かうことにつながっていき、そして現地で約束が果たされぬ事 から、ついにコンスタンティノポリス攻略・ラテン帝国建国へと至っていく過程を辿っていきます。本書を読んでいると、ローマ教皇インノ ケンティウス3世の力は果たしてそれほど強かったのか疑わしく見えてきますし、ビザンツ帝国もコンスタンティノポリス陥落は自分たちの 手で引き起こしてしまった面もあるように思えます。とはいえ、陥落後の騎士も聖職者もこぞって町の略奪を行う様は非難されても文句は 言えないでしょう。また、騎槍試合(*トーナメントか?)が騎士の戦闘訓練や戦闘の作法を身につけさせる上で重要だったと言うような 事や、ラテン帝国の建国は結局十字軍国家防衛や聖地奪回にとってマイナスにしかならなかったという事が指摘されています。

ビザンツ帝国の当時の状況を考慮しつつ、西ヨーロッパの側からこの遠征のいきさつを辿っており、当時の社会の様子なども触れながら 遠征の過程を面白くまとめており、大部のわりには読みやすい本だと思います。

アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩書房(ちくま学芸文庫)、 2001 年
2005年初夏、「キングダム・オブ・ヘブン」という映画で第2回と第3回の十字軍の間の出来事が扱われていました。11世紀から13 世紀の2世紀間にわたって行われた十字軍はそれを行ったヨーロッパの側からはしばしば「聖戦」と見なされ、そのような文脈で今ま でも語られてきましたし、現在でもそのような意識はあるようです(米国大統領が中東における軍事活動を言おうとしてこの言葉を使 ったことが数年前にありました)。しかしイスラーム世界にとっては十字軍は単なる侵略者であり、侵略者との戦いとしてこれを見て いたようです。本書は豊富な一次史料の引用とわかりやすい叙述により西洋中心ではない十字軍時代の歴史を書き出していきます。 しかしだからといって西洋中心の裏返しに終わっていないことは最終章の西洋とイスラムに関する比較めいた章を読むとよく分かると 思います

八塚春児「十字軍という聖戦 キリスト教世界の解放のための戦い」NHK出版(NHKブック ス)、2008年
日本人研究者の手になる十字軍ついてのまとまった著作というとここでもとりあげている橋口倫介氏の著作があげられますが、それ以外 にはあまりないのが現状です。そんな中、近年十字軍について論文を発表している数少ない十字軍研究者である八塚氏が一般向けに書き おろした最近の研究を反映した十字軍の概説書が本書です。

はじめに「十字軍」という訳語や日本における研究についてふれた後、クレルモン会議(あれは公会議ではないらしい)は象徴的なもの で実際は地道な活動により十字軍が始まったこと、よく言われる「初期は宗教的情熱から、途中から経済・政治的動機から」十字軍が 行われたという図式は実態を見ると誤りで、第1回十字軍も宗教的動機の者と世俗的動機の者が混在していることや、十字軍が莫大なコスト のわりに採算が合わないことがわかってきてもなお十字軍に参加することを望むもの、十字軍家系とでも言うべき家がいくつか登場する事 が指摘されています。さらに第4回十字軍についても教科書的な「ヴェネツィアの主導」ではないことなど、今までの十字軍に関して知って いることを一新するような興味深い内容を含んでいます。

著者は十字軍について、「キリスト教世界の解放のための戦い」ととらえ、教皇主導のキリスト教世界の秩序や平和を乱す動き(それが イスラムであれ異端であれ政敵であれ)に対して行われる戦いが十字軍であると考えています。「解放」という言葉の響きと十字軍の 活動になんとなく違和感を感じるところもありますが、十字軍とは何かというと言うことについて、最近の研究成果を元に概略をつかむ 事が出来る良い本だと思います。なお、邦語の参考文献表が非常に充実しているので、これを元に色々読んでみるともっと勉強になると 思われます。

山内進「十字軍の思想」筑摩書房(ちくま新書)、2003年
「十字軍」というと、中世ヨーロッパでエルサレム解放を唱え、ローマ教皇主導で今のパレスチナのほうに向けて度々行われた遠征 ということはだいたい知られています。しかし「十字軍」とは、ローマ教皇が贖宥を与えることをてこにして聖戦に参加することを 求めて行われた軍事遠征であり、それはパレスチナのみならず東欧、イベリア半島、南仏などでもおこなわれ、オスマン帝国などを 相手に16世紀まで続いた運動であるということまで分かっている人はあまりいないのではないでしょうか。さらにこうした「制度と しての十字軍」が終わった後も異教世界に対する聖戦という「十字軍の思想」はその後も引き継がれ、今もなおアメリカ合衆国に息 づいているようです。イラク戦争を始める前、ブッシュ大統領が「十字軍」という言葉を使い、これに対してイスラム諸国が猛反発 したことがありましたが、「十字軍」という言葉がキリスト教世界による異教世界の征服というイメージを持つものならば反発する のは至極当然のことです。このような十字軍の歴史をキリスト教世界による異教世界の征服と改宗の始まりともいえるフランク王国 の時代から説き起こしながら説明していくのが本書です。

山辺規子「ノルマン騎士の地中海興亡史」白水社(白水Uブックス)、2009年
中世地中海におけるノルマン騎士たちの活躍とシチリア王国の話が中心となっている本ですが、最終章でロベール・ギスカールの 子ボエモンドの第1回十字軍への参加と活躍についてまとめています。ボエモンドが南イタリアを離れて十字軍に参加し、アンティオキア を支配下に置いたり、ビザンツ皇帝に対して戦いを仕掛けるといった波乱に富んだ生涯は一ノルマン騎士の興亡史と言った感があります。

ジャン・リシャール(宮松浩憲訳)「十字軍の精神」法政大学出版局、2004年
約2世紀にわたってヨーロッパからイスラム世界に対して行われた十字軍について、十字軍は苦行者の軍隊であるという視点ととらえ、 十字軍に関する教皇勅書、遠征準備や家族との別離、戦闘や捕虜体験、飢えや病気などに苦しむ様子を記した史料を収めた本です。 十字軍に対するとらえ方に関しては、原著は今から半世紀ほど前に書かれたものであるため、最近の研究動向とはかなり異なっている かもしれません(この点に関して知っている方がいらっしゃったら教えてください)。しかし、後半の史料集は十字軍戦士の実態を伝 える史料を見ることができるのでかなり有益なのではないでしょうか。書籍としての価値よりも、十字軍に関わった人々が残した史料 をまとめたものとして読むとよいと思います。


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