手に取ってみた本たち 〜サ行〜
映画「ラスト・サムライ」のヒットや、その影響で新渡戸稲造の「武士道」が売れるという具合で、最近武士道に関して 以前に比べると注目が集まっているようです。しかし、果たして武士道精神に乗っ取り、正々堂々と一騎打ちを行うという 武士像は真実なのか・・?古代から近世、近代まで、だまし討ちに対してどのように考えてきたのかをたどりながら、 謀略と虚偽を肯定する戦場の倫理の存在を明らかにし、初期の頃の「武士道」はそのようなものを肯定する論理であり、 近世にはいると儒教倫理に基づく「士道」の観点から「武士道」への批判が起こるという歴史があったことがわかります。 さらに明治時代にはいると全く異なる姿を持つ「武士道」が西洋と対峙する中で作られ、それが現在の武士道認識につなが っているということが示されます。
羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と徳川家康が対決した小牧長久手の戦いと同じ頃、北関東では北条氏と佐竹など関東諸勢力による沼尻の戦い が起きていました。関東地方を舞台としたほとんど知られていないこの戦ですが、実は戦の展開が実は秀吉や家康の動きとも絡むとともに、 秀吉と北条氏の敵対関係はこの戦の頃から既に見て取ることができるといいます。本書では信長と友好関係を持ちながら「北条の夢」=関東統一 を目指そうとした北条氏が信長死後に独力での関東統一を目指し、家康と同盟を結び佐竹や宇都宮、佐野など関東諸勢力と激しい争いを繰り広げ た様子が書かれるとともに、北条も含めた関東諸大名の背後で秀吉や家康が動き、関東諸勢力が秀吉に助力を求める一方で北条氏も情勢の変化 に伴って秀吉と交渉を持つなど活発な外交が展開されていたことが明らかにされます。
北条の目指すところが関東統一、それも当初は織田政権の 枠組みの中で関東の国主を目指すというものだったところからは戦国武将の皆が天下統一を目指していたわけではないことが窺えます。また、 滝川一益の上野入国以降、前述の形での「北条の夢」追求が難しくなった北条氏が信長死後には家康との同盟をバックに自力で関東統一を目指す ものの、すでに時代は天下統一に向けて進んでおり、やがて秀吉の圧力に抗しきれなくなり遂に対立して小田原合戦に至るまでの歴史をみると 中世から近世へという時代の転換がよりよく分かると思います。
古代ギリシア・ローマ世界において戦争は社会や文化でも重要な地位を占める事柄であり、さらに思考の様式に影響を与えていました。 論者によってはこの時代に「戦争の西洋的流儀」が作られ、それが連綿と続いてきたと考えている事もあります。本書では正面からの 会戦により敵を殲滅する事を目指す「戦争の西洋的流儀」というものが古代ギリシア・ローマ世界において作られたイデオロギーである と捉え、さらに文化、ジェンダー、個人の性格と戦争の関係や「正当な戦争」の理論体系の有無、戦略や戦闘、将軍の役割といったもの から古代人の世界観や考え方を見ていく、戦争をキーテーマとしながら古代の社会や心性について見ていくという形を取っています。
古典史料や考古・美術資料の性格や扱い方についても所々言及があり、戦争と社会を扱った章では通説と新説、そして新説に対する批判点 をあげながら歴史解釈の変化の問題を論じるなど、西洋古代史の入門書としての面もある本です。ただし、タイトルに惹かれて戦争の実態 とか個々の戦いの展開や武器の話がたくさんあると思って読むと、本書の内容はその期待とは少し方向性が違うため、なじめない方もいる かもしれませんが、古代世界に関心を持つ方にとってはなかなか興味深い本であると思います。
ロシア史の中でロシア革命がどのような意味を持つのか。本書では20世紀初頭のロマノフ朝末期の頃から話を始め、ロシアの経済、社会の状況に ついてかなり詳しく述べながらネップの頃までの時代をまとめていきます。世界史の中での位置づけではなく、ロシア史の中で革命を位置づけ ようとした作品で、政治のことも書いてありますが経済・社会面の話に重きが置かれている感じがする本です。
中央アジアのテュルク系諸民族の間で語り継がれてきた様々な叙事詩は中央アジアの人々が残した貴重な文化的遺産で、現在も語り手たち によって語り継がれています。そこに伝えられる叙事詩の内容は史実をそのまま伝えているわけではありませんが、ある歴史的な出来事を 題材にしていたり、そこには彼ら自身の集団としての記憶や歴史観のような物もうかがい知ることができるという点で、中央アジアの歴史 をしる重要な史料となるようです。中央アジアの英雄叙事詩の話の展開、扱っているテーマ、モチーフは何かと言ったことを知りたい人に お薦めです。また、中央アジアの英雄叙事詩の内容の紹介やそれに関する歴史的な事柄の説明もあるため、この地域の歴史について興味が ある人が読んでも面白いと思います。
中国の北方に走る巨大建造物、一時は宇宙から見えるとも言われていた建造物(昨年宇宙へ行った中国の宇宙飛行士はこの事を 聞かれたそうです。で、実際には見えなかったとのこと)、それが万里の長城です。二千年の長きにわたり、中華世界と遊牧世界 を隔てる壁として作られた万里の長城の歴史をたどっていきます。内容的には明代の万里の長城や北方防衛について詳しく述べ られています。秦の長城についても説明はされてますが、漢の時代の長城についてはほとんど説明はありません。軍事的な面に 関する説明では、講談社現代新書「万里の長城 攻防三千年史」の方が充実しているように感じました。とはいえ明代に関しては とても詳しいですし、データもついていますので、そのあたりの時代に関心がある人は是非読んでみた方がよいと思います。
今年の夏は、関東地方や東北地方ではなかなかスッキリと晴れることが無く、曇りや雨の日が多かった夏でした。 そのため、10年ぶりの冷夏になってしまい、米や野菜のできが悪いそうです。歴史上、全世界的に寒かった時期があったり、 暑かった時期がありますが、フランス革命やナポレオンの時代は世界的に寒かったといわれています。気候の変動が歴史とどう 関係するのか、そういうことを当時の世相や博物誌、絵画や文学、風俗といったところからみていった上で関係を書いていきま す。
著者は歴史学者ではなく、理系の研究者です。気候というのも通常の歴史書ではあまり扱われないことのようです。色々さ がしてみても歴史の本で気候と歴史の関係を扱っている本はみた記憶がないです。歴史的な事柄をすべて気候など自然現象によ って説明することは難しいと思いますが、自然も歴史に影響を与えていたのだと言うことを認識させられる本だと思います。
古代ギリシアの歴史家として広く知られているヘロドトスとトゥキュディデスをとりあげ、「歴史学」というジャンルがない 時代に歴史叙述を行い、後の歴史学の誕生を準備した2人の歴史家について叙述のしかたや彼らが生きた古代ギリシアの社会 について、そしてこれからの歴史学がどうあるべきかということをまとめた本です。
彼ら2人の歴史家については「ヘロドトス は嘘つき」、「トゥキュディデスは厳密な史料批判をもとに叙述を行った」、「トゥキュディデスはヘロドトスに批判的だった」 といったよく見かける説についてかなり突っ込んだ記述がみられますし、彼らの生きた古代ギリシアの社会についてもクセニア関係、 イオニアの知的風土、アテナイ民主政治の一端、ポリスの内乱、ペロポネソス戦争後のギリシアなど多岐にわたる題材が盛り込ま れています。そう言ったことの他にヘロドトスについて、イオニアの知的風土との関連から色々と考察するような研究があることや、 テミストクレスの決議碑文の真贋を巡る学界の論争などなど結構面白い話題が盛りだくさんなので、かなりコストパフォーマンスの 良い本だと思います。
2004年の8月13日から2週間にわたってギリシャのアテネにおいてオリンピックが開かれるため、近代オリンピックの父 クーベルタンが理想とした古代オリンピックに関する様々な書籍がだされています。古代オリンピックが開かれたギリシア のオリュンピア遺跡の発掘と遺跡の概要、オリュンピア競技会の起源から競技会開催までのプロセス、そこに集う人々や 行われた競技、さらにそこで勝利することの意味などについてそれぞれ執筆者を変えつつまとめられています。また、屡々 オリュンピア競技会が選手のプロ化とアマチュア精神の喪失が進み衰退していった時代と見られるヘレニズム時代やローマ 帝国の時代のオリュンピア競技会の様子も類書と比べて詳しく書かれています。
マケドニアやヘレニズム諸王国とオリュンピア 競技会の関係を扱った項目があり、そこを見るとオリュンピア競技会に関心を持ち、オリュンピア競技会に参加したという 逸話を残したアレクサンドロス1世や、これまたオリュンピア競技会に参加したという伝承をもつとともに自分の国でも似た ような祭典を開くことにしたアルケラオス、オリュンピア競技会に参加したのみならずオリュンピアの聖域にフィリッペイオン という建造物を残したフィリッポス2世に関する話が取り上げられています。オリンピックとマケドニア王国の関連については 本書を見ると大体のことは分かるのではないかと思われます。
戦国大名というと、NHKの大河ドラマや映画、小説、漫画、はてはビジネス書の世界にも良く登場する人々です。しかし、実際のところ 彼らはどのような存在だったのでしょうか。本書では戦国大名というと大体の人が思いつく武田氏を題材にして、戦国大名の姿を書いて いきます。まず、戦国大名とは戦争の勝利を常に考え続け、勝つことを宿命づけられている存在として本書で定義され、戦国大名がいか にして勝ち続けて家臣達に利益を分配するのかを考えて実行に移すことが求められていたという観点から家督相続や家臣団編成、主従関係 の構築、税制や法制、信仰の問題について論じていきます。
武田氏というと父信虎を追放した信玄の家督相続や信玄の長男義信の自刃など 家督相続を巡るいざこざが絶えませんでしたが、そこには家臣たちの意向が色々と繁栄されていたことが明らかになりますし、家臣に 対する気遣いはかなり細かく行っていたことも明らかになります。税制に関しても山がちな領国のために棟別銭や関銭などの形で資金を 集める仕組みを発展させたことが語られています(その辺は同じ東国の大名でも北条とは違う)。領国統治に関して、よく言われている 信玄堤や金山については、信玄堤は継続的に慣習としてあった地方ごとの治水の追認にすぎなかったことや、金山に関しても武田氏が金山 経営をしていたと言うよりも金山衆に税を課したりしていたということが実像であることが明らかになります。家族については、当主以外 の武田一族は当主が勝ち抜くための持ち駒として使われる存在であったことが信玄の兄弟や子供達のあり方から分かりますが、それでも 身内に対する愛情のような物はかいま見えます。さらに能や連歌、茶の湯などの文化もそう言う物に通じていることが支配のためにも重要 な意味を持つことや、信仰までも戦争と結びつけていたことも示されます。とにかく家族から文化、経済等々、すべての事柄が戦乱の世で 勝ち残っていくためと言うことに結びつけられていくのが戦国大名の生活だったようです。
ヨーロッパの内陸国の一つチェコの歴史を、その時代を代表すると思われる人物をピックアップしながらたどっていく本です。紹介されて いる人にはカレル1世(神聖ローマ皇帝カール4世)とかフス、キュリロスとメトディオス兄弟のように世界史でもその名前がちょこっと 出てくる人もいれば、アネシュカやペルンシュテイン一族などチェコ史に興味がなければまず目にすることがないであろう人々についても 紹介されています。
一方、後半では個人ではなく複数の人を取り上げ、プラハ大学の管轄をめぐる皇帝、イエズス会、プラハ大司教の 対立やプラハにおける音楽家の活動、民族主義が高揚する中での博覧会開催、チェコスロヴァキア共和国の成立から解体および国内の民族 に関する事柄を扱うような形に変わっていきます。チェコ民族の国家の歴史としてではなく、現在のチェコのある場所に生きた人々の目を 通して歴史を書きながらチェコという国の歴史を追いかけていくという形を取り、見慣れない固有名詞がかなり出てくるので読みにくい 処もありますが、全体を通して読んでみると結構読みやすい本だと思います。
第一次大戦からロシア革命に伴う内乱の時代を舞台に、ちょっと教養があってひねていて悪童的要素をもつ「ぼく」がその状況に放りこま れて転落して…という話が書かれています。その時の視点が、下っ端で略奪・殺人・暴行に従事する側の視点でかかれていきます。誰かに 感情移入して読む話ではなく、何となく遠巻きに眺めるような感じで読む話のような気がします。
イギリスとフランスが100年の長きにわたって戦った戦争、それが百年戦争だというイメージがあります。しかし中世の ヨーロッパには「イギリス」も「フランス」も現在のような形では存在していません。イングランド王、フランス王と 国王の位に違いこそあれイングランド王はフランス貴族であり、両者とも“フランス人”の王であり、王国というものも 無数の封建領主の所領の集合体にすぎませんでした。そのような状態がこの100年間に及ぶ戦争を通じて変化し、無数の 領土の集合体から一つの国家へ、さらにイングランド王国、フランス王国と言ったまとまりが生まれ、独自の文化を育み、 ひいては国民国家イギリス、フランスの出発点になっていったということも考えられるようです。いきなり国民国家の 話に飛ぶところは少々結論を急ぎすぎのように感じられるところもありますが、百年戦争の歴史をかなり分かりやすく まとめている本であると思います。
ユダヤ人というと、各地で金融業を営みながら富を蓄えるいっぽうで様々な差別や迫害を受け、ゲットーに隔離されて生活して いるという印象があります。しかし一口にユダヤ人と言っても住んでいる国によって扱いはかなり異なるようで、本書で扱われる 英国(イングランド、連合王国)におけるユダヤ人の扱いには時として他の大陸諸国と異なる点もあるようです。ノルマン・コンクェスト とともにブリテン島へと渡り、金融業に従事しながらも13世紀に国外追放になり、その後17世紀半ばに再び戻ることを許され、英国 社会との共生を諮りつつも反ユダヤ主義の脅威にさらされ苦闘するユダヤ人の歴史という普通のイギリス史ではあまり扱われないテーマ を追いかけていきます。
恣意税の対象として国王の貴重な財源と見られているときもあれば、小諸侯や騎士からは借金が原因で憎まれる 一方土地を集めている大諸侯が彼らを利用した中世、一説にはスペインとの戦いのためイベリア半島のユダヤ人を招いたとも言われる テューダー朝時代、千年王国思想が高揚する中でユダヤ人再入国を認めたピューリタンたち、そして東欧系ユダヤ人が流入する中で 反ユダヤ主義が高まる過程などをみつつ、英国とそれ以外の地域でのユダヤ人の扱いの違いについて知ることができる一冊。また、 異文化・異民族交流について考えてみたい人も一寸読んでみると良いのではないかと思われます。
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イスラム世界の国家とはそもそもどの様なものなのか。初期の頃のカリフの時代の場合であれば、カリフとはどの様な 存在であるかが問題になり、さらに新しく生まれてくるスルタンの称号なども問題になってくる。またシーア派とスンナ派 で指導者をどう見るのかも異なり、イスラム法にも様々な学派が存在する。国家の中の社会がどの様な仕組みなのか、 イクター制導入以前と以後の変化など様々な問題があります。それら基本的な問題について説明を加えつつイスラム世界 の国家とは何かについて論じようとしている本です。一部著者が過去に書いた本と内容が重なる箇所がありますが、 イスラムの国家や君主についての概説書として一読するとよりイスラム史が分かりやすくなるのではないかと思われます。
イスラーム世界における砂糖の製造や販売、さらに社会でどのような形で砂糖が消費されているのかを資料を基に追いかけて いき、砂糖を通じてイスラーム世界の生活の歴史の一端を描き出していきます。かつて「イスラームの生活と技術」で取り上げた 内容をよりふくらませた形になっています。従来、砂糖の研究というと中国における製糖業や、新大陸やカリブ海のプランテーションと ヨーロッパの関係などは本があっても、その間にあるイスラーム世界については手薄であり、砂糖の歴史とそれにまつわる研究の空白を 埋めてくれる1冊となっています。
アテナイ民主政においても賄賂という問題は存在していましたが、一般の公職者よりも国内外の政治活動に従事する「政治家」に対する 贈収賄の非難や懸念があったようです。本書では民主政アテナイの賄賂に関する言説を手がかりに、アテナイ市民の権力観やそれを生み 出した政治・社会・文化的背景を探る本です。アテナイ民主政では市民が政策決定を下すにあたり、「政治家」の発言に依拠していた事 から、政治家が不正な発言をするのではという懸念がつきまとっていたことや、一方で民主政は政治家たちが国内外に持つ私的な結びつ きに依拠している一面もあり、それが従属的関係と見なされて収賄の上で政治活動をしていると見なされたことなど、紀元前4世紀のアテ ナイ民主政の状況を賄賂を切り口に描き出している本です。成年男子市民であれば誰もが参加できる民主政の制度を補完するものとして、 政治家が私的に有する人と人の結びつきがかなり重要であったことがよく分かると思います。
かつて、アメリカ大リーグでは黒人選手はプレイすることが出来ず、彼らは独自にニグロリーグ(黒人野球)を結成し、独自に試合を行い、 黒人だけでなく白人も試合を見に行くなど、大いに人気がありました。あまたの黒人野球の選手たちの中で、特に優れていたとされる選手 サチェル・ペイジとジョシュ・ギブソンのすごさについては様々な逸話が残されています。曰く、「ギブソンの打球は「死の谷」と呼ばれる ヤンキースタジアム左中間を軽々超え、場外へ飛んだ」「ペイジの速球を目にした大リーグの名投手ボブ・フェラーが『自分より早い』とい った」…。こういった逸話が残されている彼らをはじめ、黒人野球の世界には大リーガーを遙かに凌駕する実力者が集まっていたと言われて います。本書は、アメリカ黒人野球について、ジョシュ・ギブソンとサチェル・ペイジを取り上げつつ、黒人野球のはじまりから発展、そして 衰退までをまとめています。これを読んで、大リーグだけがアメリカの野球ではないということを知っておくのは有益だと思われます。
日露戦争開戦から100年後、東郷平八郎と闘ったバルチック艦隊を率いた司令長官ロジェストヴェンスキーが妻と娘に宛てたプライベートな 手紙が発見されました。その手紙をもとに200日にわたる大航海の様子を描き出していきます。ロジェストヴェンスキーの人間像にせまりつつ、 バルチック艦隊の航海の実態について明らかにしていきます。
紀元前4世紀のアテネの歴史については、カイロネイアの戦い以降どうなったのかはほとんど知られていないというのが現状です。 前4世紀後半というとマケドニアの台頭、アレクサンドロス大王の東征と後継者戦争といったことに焦点が当てられる一方でそれまで 栄えてきたアテネについてはほとんどふれられなくなってしまいますが、その頃のアテネがどのような状況にあったのかというと、 アテネ民主政が栄えた最後の時代であり、民主政治への傾倒が見られた時代(デモクラティアへの崇拝や民主政治転覆罪などがあります )でした。本書ではマケドニアの台頭から後継者戦争勃発のころアテネで活躍したでも捨て値巣の生涯をたどりつつ、彼と同時代に活躍 した他の政治家の経歴や当時のアテネの状況についてもまとめていきます。アテネの話が中心ですが、マケドニアの台頭の様子について もふれていたりしますので、「ヒストリエ」でこの時代に興味を持った方は是非読んでみてはどうでしょうか。
中世ラテン語で書かれたブリタニアの歴史書です。しかしこの本を有名にしているのは「アーサー王伝説」の原典となった話にかなりの頁を 割いているということではないでしょうか。もちろん、アーサー王伝説以外にも興味深い話は書かれているので、じっくり読んでみることを おすすめします。
冷戦終結後、世界各地で民族紛争が頻発しています。また、グローバル化が進む一方で、ナショナリズムの高まりも見られます。そんな なか、日本語で「民族」「国民」「ネイション」といった言葉がつかわれるとき、色々な意味が含まれ、それが原因でどうもうまく理解 出来ない、そんな人もいると思います。また、しばしば「よいナショナリズム」と「悪いナショナリズム」ということが言われることも あります。本書では、まず最初に「民族」「国民」「エスニシティ」「ネイション」といった概念の確認から始め、その後はヨーロッパ やアメリカの事例を中心にアジアも扱いつつ、国民国家、民族自決、ナショナリズムと言ったことについて、歴史的な話が続きます。 著者がロシア研究者のため、ロシアや東欧、中央アジアの事例が結構盛り込まれている点は類書と違うとおもいます。結構堅実に 歴史的事実に基づいた記述を連ねているので、ややもすると抽象論に向かいがちな傾向のあるナショナリズム論の書物だと取っつきにくい と思う人でも読みやすいと思います。
第1巻
百二十回本の個人全訳版水滸伝の第1巻は、伏魔殿をあけてしまって108の妖魔がばらまかれたところからはじまります。 そこでばらまかれたものが108人の英雄豪傑となっていきます。まだまだ話は始まったばかりですが、花和尚魯智深の大暴れ の様子が特に目立っています。その他林冲や史進や柴進、楊志なども登場します。これから暫く梁山泊に集う英雄豪傑たちが 続々と出てくることになります。
第2巻
第2巻では呉用や公孫勝らが計略を以て宝物を奪取し、そのことが原因で罪を着せられてしまった楊志が逃げる途中で魯智深 と出会うことが書かれます。さらに呉用たちのやったことと絡んで宋江が登場します。そして第2巻の大半を占める武松の活躍 (トラ退治など)が書かれています。まだ梁山泊は呉用や公孫勝、林冲たちがいるくらいですが、これから大勢の豪傑達が集ま ることになるわけです。
第3巻
武松の活躍から一転、この巻では宋江が色々な豪傑たちと出会う話が多くなります。黒旋風の李逵等々、強烈なキャラクターが 続々と登場していますが、108人の仲間の数あわせみたいな感じです。しかし、この巻に出てくる宋江は結構えげつない計略を 考えたりしていて、この人が仁義に篤い人だとはちょっと今の感覚では理解できないのではないかと思われます。あと、食事中 には余り読まない方がいいのではないかと思われる話が多いような気がします。
第4巻
梁山泊に次々と仲間が集まっていく巻。一方で政府も梁山泊を討伐しようとして軍隊を送り込んできます。この巻のあたりから、 個々の豪傑が活躍する話のほかに、宋江ほか複数の豪傑たちが軍事行動を行っている場面が増えてきます。火器を使う部隊も 出てきたりしますが、この辺は後の時代になって色々と追加されてきたのだろうと思われ、水滸伝が宋から明の時代にかけて できあがってきた物語であることを伺わせます。
第5巻
いよいよこの巻で108人の豪傑がそろい、朝廷との戦いが本格化します。この巻で梁山泊序列第2位になる廬俊義が登場しますが、 いきなりでてきてどじをかさねているのに彼が第2位に位置づけられることに違和感を感じるのですが、そのあたりの経緯に ついても解説で結構詳しく触れられています。
第6巻
朝廷との戦いも本格化し、枢密使の童カンや大尉の高キュウといった宋王朝を牛耳る佞臣たちが大軍を率いて攻めてきます。 しかし梁山泊の軍勢は彼らを大いに打ち破り、やがて彼らは宋王朝から招安をうけて宋のために北方の遼と戦うことになります。 宋王朝と遼王朝をくらべると遼のほうがましにみえますが、はたしてどうなることか。
第7巻
宋王朝のために戦うようになった梁山泊の人々は遼や国内の反乱軍を相手に活躍しています。でも何となく今までと比べて すっきりしないと言いますか何というか・・・・。後半に出てくる王慶が反乱を起こすまでの話を見た上で王慶の反乱をみると、 この人達も梁山泊の好漢と同じじゃないかと。それを討伐しに行く梁山泊がなんとなく政府の犬のように見えてしまいます。 で、政府のほうからは遠ざけられていくわけで、後の悲劇的な最後につながっていくのでしょう。
第8巻
いよいよ最終話までを扱った巻が登場。方ロウの乱鎮圧に宋江はじめ梁山泊の豪傑達が参加して次々に死んでいくのですが、 ものすごい勢いで豪傑達が死んでいきます。108人のうち生き残ったのは三分の一でしたが、その残りの人々も病気で死んだり 村に帰ってしまったりしますし、みなばらばらになっていきます。そして宋江にも最後の時が訪れます。こうして物語が終わって いくことになります。
個人の記憶を記録に残して後世に伝えたり、過去について知りたがるということは、全ての民族に共通してみられる 現象ではないようです。過去の記録を整理し順序づけるということが何故行われたのか、過去との関係の中で自己の 存在を確認しようとする意識はいつ頃から芽生えたのか、そしてそこから集団的記憶としての歴史記述がどのように 始まったのか。このようなことを、古代オリエントの事例からまず考えていきます。
まずは出来事の記録が整理されて 王権の正統性を主張するための王名表が作られるようになり、やがて実務的用途や王の正統性を示す道具としてでは なく過去について記録編纂する歴史叙述が登場したことがまとめられています。そして、イスラエル人のもとで、 資料を解釈し、歴史の過程を説明する姿勢がみられるようになるなかで歴史が民族のアイデンティティのよりどころ としての性格を強く帯び、民族の集団的記憶として歴史が継承されるとともに、始点と終点の間で不可逆的な流れと して時間をとらえる意識がうまれ、それがキリスト教、イスラムにも影響を与えていくというわけです。またそれとは 別の流れとして、人間の実践を通じてこの世に秩序を作るという信念の下独自の歴史記述を発展させた中国の歴史記述 についても触れています。
やはり著者の専門が古代オリエントに近いこともあり、そちらの話が中心になっており、中国 に関しては食い足りないと思う人もいるかもしれません。しかし何故歴史を書くのか、これからどのような歴史を書いて 行けばよいのかを考えるヒントくらいにはなると思います。
旧約聖書に登場するシェバ(シバ)の女王の伝説についての本。史実についてはさておき、その物語が各地に伝播してその状況に 応じて独自の変化を遂げていくことについてまとめていきます。ユダヤ、イスラーム、キリストの3宗教でシェバの女王に関する 説話は伝えられていますが、ユダヤ教では魔女のイメージで書かれ、かなり否定的な書かれ方をするシェバの女王がイスラームや キリスト教ではプラスイメージを持って書いているところが見られるという違いがあること、シェバの女王の故郷がイエメンなのか エチオピアなのかは実の処不明であるけれども観光資源としてフルに活用されているのみならず、近代以降のヨーロッパやアメリカ では東洋的でエキゾチックなイメージを喚起するものとして扱われてきたことなどものべられています。
またエチオピアでは女王伝説 が王朝の正統性や民族のアイデンティティのよりどころとしての地位を獲得していくことになったこと、そしてラスタファリズムに まで話が進んでいきますが、終わりのほうで少々唐突な形でキリスト教世界に伝わるアレクサンドロス大王の伝説(イラクリオス帝 の時代に作られたらしい)の話が出てくるところや、著者がかなり映画好きであることが随所に窺えることが個人的には非常に興味 深かったです。
イベリア半島で8世紀の長きにわたって展開された「レコンキスタ」というと、「聖戦」というイメージがかなり強く、宗教的要因が レコンキスタにおいて最も重要であったと思われていますし、そのような方向で書かれている本も多いです。しかし著者によると、ここ 最近20年程の間にレコンキスタ研究においては領土獲得や掠奪と言った世俗的動機が大きな要因であったと見なされるようになってきて いるとのことです。本書は前半でグラナダを覗くアンダルシアのほぼ全土を征服した13世紀半ばまでを「レコンキスタ」の時期と見なし (その時点で実質的にレコンキスタは完了したとみています)、イスラムの征服からそれに至までの時期の戦いの経過をまとめるととも に、後半ではレコンキスタの理念がどのように作られてきたのかと言うことに迫っていきます。通常レコンキスタの終了というとコロン ブスが出航したのと同じ1492年であると本にも書かれていたり、そのように教えられている中で、13世紀半ばで実質的にレコンキスタが 終結したとする本書は初めはちょっとびっくりするかもしれませんが、レコンキスタについての最近の研究動向にふれてみようと思う人や、 最近の研究を元にレコンキスタを書くとどうなるかを知りたい人は読んでみましょう。
ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)というとナチス・ドイツの蛮行として今もなお語り継がれている大惨事です。しかし、それについて 果たしてどのようなことが行われていたのかというと、アウシュビッツのことくらいしか出てこないという人が多いのではないでしょうか。 本書では、ホロコーストの背景にあるヨーロッパの反ユダヤ主義から話を説き起こし、ナチス政権の当初の方針としてはドイツ国家から ユダヤ人を追放することであり、そのために差別的な法律の制定や暴力の行使をおこなっていたが、それがユダヤ人のゲットーへの隔離、 そして虐殺(銃殺、そして後に収容所でのガス殺へ)へと向かっていく過程をまとめていきます。
ナチス政権下のドイツが当初ユダヤ人の国外追放をもくろんでいたものの、オーストリアやチェコスロヴァキアを併合し、ポーランドを侵略 すると行った過程でさらに多くのユダヤ人を抱え込むようになり、国外追放が難しくなっていく様子がまとめられています。さらにゲットー を作って隔離する政策を実施するもやがて行き詰まっていったこと、追放先として考えたソ連にいたユダヤ人を「行動部隊」を用いて虐殺 したが、それも独ソ戦膠着とともに行き詰まり、最終的に絶滅収容所での虐殺(ラインハルト作戦、アウシュヴィッツ収容所)へと至るの ですが、以上のようなナチス政権によるユダヤ人政策は政権を取り巻く状況によって大きく変わっていたことがかなり分かりやすくまとめられ ています。最後にホロコースト研究の流れ、研究史上の対立などのまとめがついています。この辺の歴史について初めて読む人におすすめかと。
古代ギリシア史というと、ポリスの成立・貴族政から民主政へといった感じで説明されることが多いです。これま での研究でも前古典期の研究ではそのような観点から論が立てられたものが多かったかな、という印象があります。そうした通 説に真っ向からケンカを売ってる(笑)論文をまとめたものが本書です。ギリシアにおいて「貴族」が厳然と存在したわけでは なく、そもそもギリシアにおいて「貴族」による支配が成立したのかということが主張されています。
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喧嘩両成敗という言葉はほとんどの人は知っているでしょうし、ちょっとネット上で検索を書けてみただけでも子供の喧嘩から 政界での権力闘争に至るまで幅広いジャンルでこの言葉が使われています。しかし多くの場合戦国時代にこの法が成立したという ことにはふれていても、喧嘩両成敗が誕生する背景などを深く追求して考えると言うことはあまり無いようです。本書では喧嘩両成敗 の原則が作られていく過程をいくつかの段階に分けて説明していきます。
まず、室町時代の人々が身分の上下にかかわらず強烈な名誉 意識を持つことが度々争い事をおこす原因となり、その結果生じる復讐については積極的に勧めたりはしないが黙認・公認されていた と言うことが示されます。つぎに、このような自力救済型の社会において自律的な様々な集団に属することが身を守るため必要でした が、集団に対して行われたことを我が事のように捉える集団に対する強烈な帰属意識の存在が紛争を長引かせることもあったことがのべ られていきます。そして室町幕府は自力救済社会に存在する様々なルール(失脚者や落ち武者、流刑者など法のらち外にある者に対し何を しても構わない等々)に依存して成り立っていたことが示されます。
そのような前提をふまえた後、喧嘩両成敗原則の成立へ話が進み、 様々な道理が併存(全く対立するものもある)する社会において紛争解決法はいろいろあり、その中の一つとして喧嘩両成敗が生まれて来 ることが述べられます。加害者と被害者の損害を等価にしようとする室町時代の人々の考え方が法思想として折中の法をうみ、また現実の 紛争に対して中人制や解死人制といった紛争解決の手段が講じられたこと、室町幕府による自力救済型社会から一歩先に進もうという試み (本人切腹、故戦防戦原則)にふれつつも、中人制や解死人制はきわめて不安定な仕組みであり(ルールを破る者が後を絶たなかった)、 室町幕府のやり方は当時の人々の感覚とのずれから機能せず、結局衡平感覚・相殺主義にのっかって判断を下す方向に流れていきます。
そのような状況下で中世人の感覚の延長上に喧嘩両成敗が成立し、(裁判による紛争解決の過渡期の現象としてですが)戦国大名の分国法 に盛り込まれていきますが、戦国大名および織豊政権、江戸幕府に至るまで喧嘩両成敗と公平な裁判実現という2つの道の間でつねに揺れ があり、その揺れの中で喧嘩両成敗が「日本的風土に根付いた伝統」として残っていったというわけです。
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イタリアの一都市ウルビーノは、ルネサンス期にはフェデリゴとグイドバルドの父子2代にわたって宮廷文化が栄えたことで知られています。 文化人が宮廷の保護を受けながら活発な活動を展開し、一時ウルビーノにやってきたカスティリオーネの著作「宮廷人」において理想の宮廷 として書かれ、この本がその後も上流階級の人々の振る舞いを規定するに至ったといわれています。本書では、ウルビーノの宮廷とそれに関 わる人々の評伝、そして、ウルビーノに滞在し、レオナルド・ダ・ヴィンチとも関わりのあったジュリアーノ・デ・メディチの評伝、さらに イタリアにおける傭兵隊長のありかたと、フェデリゴとジギスモンドと言う2人の傭兵隊長の話がまとめられています。
世界史の授業などでイスラムの文化について扱うと、イスラムの文化が先行する諸文明の様々な成果を取り込み、自然科学を発展させたと いうことや、イスラムを介してヨーロッパは古典古代の文明を摂取したと言うことは教えられていることです。しかし、肝心のイスラム世界 の科学について、具体的にどのような物があったのかと言うことについてまではあまり触れられていないところですし、どうしてもイメージが つかめないと言うことも多いようです。
本書では、まずアッバース朝からティムール朝まで(オスマン帝国は入らず)のイスラム世界における 科学に関する活動を概観し、その後にギリシア科学が文献翻訳を通じてアラビア科学に取り込まれたことにふれて、アリストテレス、プトレ マイオス、エウクレイデス、ヒポクラテスとガレノスの著作の翻訳と受容についてまとめたり、数学と天文学、光学のように計算や計測を要 する学問の発展、力学や医学、そして錬金術と言った自然の物質や生命に関わる学問についてのまとめがあり、最後にアラビアの科学が ヨーロッパに伝わり(その際に、ユダヤ教徒の学者が果たした役割にも言及してます)、ヨーロッパにおける科学の発展に寄与したことを 述べ、その後のヨーロッパの科学とアラビアの科学のそれぞれの歩みに違いが生じたことについても軽く触れています。図版も多数収録され ており、内容も大まかに全体がまとめられた形になっているため、アラビア科学についての入門書として良い本だと思います。
人々が海を通じて貿易や交流を行ってきた歴史には常に海賊の存在がつきまとう、と言っても過言ではないと思います。 古代ギリシア、ローマ時代、中世、近世にいたる地中海における海賊活動や、世間一般の海賊のイメージは大部分この地域での 活動に依るのではと思われるカリブ海の海賊たち、そして倭寇などにみられるアジア方面の海賊の存在は、海賊が獲物として狙う ことができる船舶や港湾都市がそれだけ発達していたからではないでしょうか。それら海賊の歴史について古代から18世紀頃 までを中心に扱い、さらに海賊集団の社会について、おもに西洋の海賊がどのような集団であったのかということを詳しく説明 しています。図版が多数載せられているので興味を持って読みやすい仕上がりになっています。
第一次大戦中のある日、5人のフランス兵が処刑された。それにより婚約者を失ったマチルドは事の真相を探ろうとして関係者 のところを訪ねたり、情報を集めはじめます。マチルドの調査によってそのときに何があったのかが徐々に明らかになっていき ます。会話や手紙によって分かってきた断片的な出来事が徐々に組み合わさって真実が明らかになっていくところがとても面白 かったです。戦争を扱っているのですがさほど暗さは感じない作品でした。ちなみに映画「ロング・エンゲージメント」の原作 ですが、映画とは人間関係や登場人物の登場頻度などに違いがあります。
満洲のある都市で学校や両親、日常から逃れるかのように広場で囲碁をうつ少女と、その町にやってきて抗日分子を探るために 中国人になりすまし広場を訪ねた日本人士官が互いに名も名乗ることなく碁を打ち続けます。両者の日常が交わることは無いの ですが、終盤に唐突な形での別れと、非常に重苦しい場面での再会の場面があります。日本人士官の「私」と満洲の娘の「わたし」 の語りが交互につづき、同じ出来事がそれぞれの視点から全く違う形で語られつつ、囲碁の対局を通じて色々な思いを巡らせる 様子が書かれています。「恋愛とは美しき誤解」と言った人がいますが、なんとなく日本人士官の方を見ているとその言葉をつい 思い出してしまったりもします。
則天武后を主人公として書かれた小説ですが、三人称の語りではなく、「私=則天武后」が誕生から死、そしてその後までを語る スタイルで書かれています。則天武后というと権力奪取のためには自分の子供、自分の親族ですら殺す残虐な女性、冷酷無比な 悪女、そのようなイメージが流布してますが、本書では、反対勢力に対する粛清・弾圧の場面は確かに出てきます。しかし、全体 として後ろ盾など持たない一人の女性が自分の才覚だけを頼りに宮廷で重きをなすようになり、ついに皇帝に即位し最高権力者と して帝国を取り仕切るようになる一方、その過程で、どんなに自分が愛しても自分の親族や子供、寵臣たちは自分の元を去り、 敵対することからくる孤独感や絶望のようなものが感じられます。
東征を続けるマケドニア王アレクサンドロスと、彼が戦場でであったアマゾネスの女王アレストリアの愛の物語が流麗な文章で綴られて いきます。物語の語り手がアレクサンドロス、アレストリア、侍女の3人で、時々語り手が入れ替わっていくという形で、時として同じ 出来事が違う語り手によって語られていたり(アレクサンドロスとアレストリアの出会い)するところは面白いなと思います。周囲の人々 を自分の思うように動かしてきたアレクサンドロスと、男を愛してはいけない宿命にあるアレストリアの2人がであってから互いに愛し合う ようになるなかで、最後のような展開は有りなのかなという気がします。
プトレマイオス朝エジプト最後の女王クレオパトラ7世についてコンパクトにまとめた1冊です。クレオパトラというと、「絶世の 美女」とか言われたり、「鼻が低かったら歴史が変わっただろう」などと後の世に言った人がいたり、とかく実像以上に後世にふくらんだ 様々なイメージの方が伝えられています。そんなクレオパトラについて、限られた文献資料、碑文、コイン、美術品等々を駆使して、 彼女の歴史的な実像について迫っていこうというのが本書のスタイルですが、それだけではありません。プトレマイオス朝の君主崇拝や、 アレクサンドレイアの様子、政治の仕組みや軍隊についても簡潔にまとめられていたり、後世に彼女がどのようなイメージで伝えられ、 表現されてきたのかと言うことにまで踏み込んでいます(エリザベス・テーラーの映画もちらっと出てきます)。
17世紀オランダの名匠フェルメールが書き残した、現存する数少ない作品の一つに「青いターバンの女」(真珠の耳飾りの 少女)という作品があります。そのモデルについては今のところわかっていません。そのモデルとなった少女はフェルメールの 家の女中だったという設定のもと、「青いターバンの女」が書かれるまでの背景を描き出していきます。主人公のフリートは この小説のために作られた人物ですが、実在の人物も登場し、さらにフェルメールの家の間取りなども実際の家と同じようです。 一応恋愛小説のようですが、そっちの話よりむしろフェルメール家のクソガキの一人のいやらしさとか、市場の描写や、アトリエ で絵の具を練っているときのシーンのほうが印象に残っています・・・。
古代エジプトというと、ミイラ、ピラミッド、ツタンカーメン王等々、一般に広く知られて事柄がある一方で、古代エジプトの社会や経済、 政治がどうだったのかと聞かれると意外とわからないところがあるのではないでしょうか。本書では古代エジプトについての研究史から スタートし、古代エジプトの王権、宗教、死と埋葬等々、個別の事柄についてまとめていきます。この本は入門書という位置づけですが、 内容はしっかり詰まっているように感じました。王朝物語のようなモノを期待すると、それとはかなり違うのでとまどうかもしれませんが、 これを読んでから古代エジプトに関するほかの著作を読むと、エジプトについてよくわかるのではないでしょうか。
現代日本の政治、経済、社会全般にわたる危機的状況というものは様々な人が認識し、その人の数だけ意見が出されて いるといって過言ではない状態です。その中には「日本的な」ものを捨てろというものもあれば、「日本的な物」への 回帰を訴える物もありますが、著者に依ればいずれの立場の論者にも欠落している視点があると言います。それは「共通善」 思想であり、「共通善」に反する政治が「暴政」であり、それを行うのが「暴君」であると規定します。さらにそのような 「暴政」「暴君」に抗するすべを中世西欧と江戸時代の日本を比較考察していきながら現代日本の抱える問題に切り込んで いきます。単なる過去の政治思想のおさらいにとどまらず昨今の日本の政治について考える手がかりになりそうな1冊です。
かなり後の時代になってから、ある時代のことを「暴政だった」とか「ひどい時代だった」と認識し、それが多くの人に受け入れ られると言うことは良くあることです。しかし後に「暴政」「ひどい時代」として認識されるまさにその時代に生きていた人たち が自分たちの生きた時代について判断を下すことは難しいことです。自分たちの生きている今現在の政治が果たしてまともなのか それとも異常なのかを見つけ出し、それを正していくにはどうすればよいのか。その問題に関して著者は医療における臨床診断の 発想を政治思想・政治理論にも応用して、現在の政治について異常を見つけて正していく「政治診断学」の確立が必要であると主張 します。
本書はいってみれば著者の構想する「政治診断学」をいかにして確立するのかを述べている本です。診断学の発想をもとに 政治理論を実際の政治的実践に役立てられるようにすることは果たして可能なのか、これからどのような方向で著者が「政治診断学」 を作り上げていくのか、これから先の活動に期待してみたいところです。医学と政治思想の関連についてかなりのページ数を割いて いるので、そのあたりで飽きてしまう人もいるかもしれませんが…。
東アジアの広大な領域を支配したダイチン・グルン(清朝)の版図の大部分は現代の中国に引き継がれ、中国のみならず現代のアジアの情勢 にも大きな影響を与えています。従来は中国王朝の一つとして漢語史料を中心に清朝史研究が行われてきましたが、マンジュ(満洲族)が 作ったダイチン・グルンは中国史という枠に収まる存在ではなく、内陸ユーラシアの歴史として改めて見直す必要があるようです。本書は 自らもマンジュ語を用いるシベ族である著者が、近年公開が進んでいるマンジュ語(満洲語)の史料や地図を手がかりにして、従来の中国史 の一部としての清朝史ではなく、モンゴル帝国以降のユーラシア史としてのダイチン・グルン史を描き出そうとしています。
著者の構想ではダイチン・グルン(清朝)研究の序説にあたる内容とのことで、史料の公開状況(未公開の書物や地図が多数あるらしい…) も含めて、これからに期待といった感じがします。第1部と第2部からなり、ダイチン・グルンを支えた八旗や旗人の生活について色々まとま っている第2部は著者の思い入れが強く感じられ、扱っている題材も含めて面白く読めました。
1000年にわたって続いたビザンツ帝国を支えた政治制度はどのような物だったのか、そしてそれは時代の流れの中でどのように 変わっていったのかについてまとめた本です。4世紀から7世紀初めまでの初期ビザンツと、13世紀初めまでの中期ビザンツの 時期の中央官制・爵位・首都コンスタンティノープル・地方のそれぞれについて様々な官職や用語についての説明があり、後期 ビザンツ時代としてニケア帝国、パレオロゴス朝が分けられ、それぞれにおいてそれに対応する章がもうけられており、それを 丁寧に読んでいくとどのように変わったのかが分かるのではないかと思いますが、ビザンツ帝国の政治制度について色々な官職 についての説明が多く書かれているので、とりあえずこの官職は何だろうと思ったときにぱらぱらと見るような辞書的な使い方 ができる本です。
フランス国王ルイ9世というと、十字軍を率いた王様として世界史でも出てきますし、フランス王権の伸張という点でも触れられる 事がある人物です。本書はそんなルイ9世に仕えたジョワンヴィルの領主ジャンがルイ9世死後40年ほどたった頃に残したルイ9世 の伝記です。当然その内容には実際のルイなのか彼の目を通して写ったルイなのかちょっとわかりにくいところもありますし、ルイ の信任厚き自分を書こうとしたのかもしれませんが、ルイ9世に仕えた人物が書き残したルイ9世について知ることができる貴重な 資料です。またルイ9世が十字軍を行った頃はちょうどイスラム世界ではマムルーク朝が勃興し、さらに東からモンゴル勢力がやって 来るところでしたが、そういった勢力とルイの関わりについても書かれており、中世ヨーロッパにおけるモンゴルについての認識の 一端も窺えます。
酒、ドラッグに浸りながら社会の底辺で暮らす人々を登場人物として取り上げながら描かれた短編集です。底辺に暮らしている人を 題材に選んだというと、そこからの上昇を目指していたり、まっとうな人生を送ろうとしている人を取り上げている作品だと思う人が いるかもしれませんが、この本に出てくる人々にそんな人はまず出てきません。そこにいるのは、自分の置かれた状況に流されるまま に生きている人々ばかりで、「普通の」人生を送ることがどれだけ大変なのかを考えさせられると思います。ポール・ジョンソン(富永佐知子訳)「ルネサンスに生きた人々」ランダムハウス講談 社(クロノス叢書)、2006年
イタリアのルネサンスについての入門書的な本です。まず最初にルネサンスの経済的・社会的背景(動力源として風力を利用、 航海技術の発展、印刷術の発展など)について結構纏まった記述があった後で文学と学問、彫刻、建築、絵画、音楽などそれぞれ の部門に触れ、それぞれの分野の有名な人物を数名取り上げながら進んでいきます。イタリアのルネサンスについてコンパクトに まとまっていつつ、それでいてイタリア以外の地域のことにも目配りができているので、ルネサンスについての入門書として大い に役立つのではないかと思われます。個々の芸術家について結構纏まった記述があり、人物伝的な要素もあります。もう少し図面 が多ければよいのにと思うところもありますが、全体的に分かりやすい本です。
13世紀に興り、瞬く間にユーラシア大陸を制圧していったモンゴル帝国。モンゴル帝国を建国したチンギス・カンについては その生涯(特に前半生)については不明な点も非常に多い人物です。本書では文献史料や近年進んだモンゴル史の研究成果を いかしつつ、著者の専門であるモンゴルの考古学の成果を盛り込みながら謎に満ちたチンギス・カンの生涯を描き出していき ます。著者が発掘に関わっているアウラガ遺跡の調査結果(チンギス・カンの霊廟発見のニュースが一時流れたことがあります が、その場所です)や、草原の中に巨大な鉄工所があったこと、チンギス・カンの季節営地、后妃の役割などの話はなかなか 興味深いものがあります。
ヨーロッパ史上初の「ヨーロッパ大戦」となり、ドイツ一帯を荒廃させ、さらに戦後には主権国家体制をヨーロッパにもたらした三十年 戦争の歴史を劇作家として有名なシラーが描き出したのが本書です。彼は「ヴァレンシュタイン」三部作を書き上げるために三十年戦争 について研究し、三十年戦争について大学で講義したところ学生が潮の如く押し寄せたと言います。それをまとめたのがこの本で、内容 は三十年戦争の原因となるヨーロッパの宗教対立(カトリックとプロテスタント)の話から、三十年戦争終結までをあつかっています。 しかし読んでみると、彼が最も力を入れて書いていると思われるのは傭兵隊長ヴァレンシュタインとスウェーデン王グスタフ=アドルフ の活躍とその死に至るまでの話であり、ヴァレンシュタイン死後の話は分量、筆致からはあたかも後日談の様相を呈しています。前述 2名の他の武人(マンスフェルト、ティリー、ベルンハルト等々)についても著者による人物評、作戦行動等々が詳しく書き込まれて おり、三十年戦争という悲惨な戦争を舞台に活躍する軍人たちの英雄譚と言った感じがします。
一括紹介その5に掲載
一括紹介その4に掲載
一括紹介その5に掲載
一括紹介その4に掲載
征服者ノルマン人とそれ以前に住んでいたサクソン人の対立がなお続くリチャード1世時代のイングランド。しかし当の国王はオーストリア でとらえられて不在、王弟ジョンがそれに取って代わろうと企んでいた頃、アシュビーにて行われた騎士の試合で優勝した「勘当の騎士」 が栄冠を受けることになります。その騎士の正体はサクソン人セドリックの息子で十字軍に参加していたアイヴァンホーでした。この アイヴァンホーとサクソンの姫ロウィーナのロマンスがあったり、リチャードが変装した黒騎士、ロビン・フッドなどが活躍する歴史小説 で、最後は大団円を迎えることになります。活劇ありロマンスありの中世にどっぷり浸ってみたいときに読むといいかもしれません。
港の宿「ベンボウ提督亭」で働くジムが泊まり客のビリー・ボーンズから宝のありかを示した地図を手に入れます。そしてトリローニ、 リヴジーたちとともに船に乗り込んで宝探しに出発するのですが、船のクルーの一人、片足のジョン・シルヴァーはコックではなく 悪名高き海賊で、船の乗っ取りと宝の獲得を狙って行動を開始します。はたして宝はどうなっているのか、ジムの運命はいかに…、と いった冒険物語です。
エジプト王の傭兵としてロドス島からエジプトに渡って活躍したテレフォス、「僭主殺し」のアリストゲイトンと ハルモディオス、オリュンピア等数多くの大会で優勝した拳闘家で後に政界に転出したテアゲネス、アテナイ市民 殺害犯として告発されたエウクシテオス、ソクラテスの裁判に臨席した陪審員、姦通事件の当事者たる夫と妻、 歴史家ポリュビオス。これらの人々をとりあげ、彼らに語らせるというスタイルをとりながら、古代ギリシアの 歴史の一面を書き出していきます。
ギリシア人が残した史料を基にしつつ、所々史料から話をふくらませて書かれた 文章を読むと、古代のギリシア人というものがどのような人々だったのかイメージが湧いてくるのではないでしょうか。 「ギリシアでは政治の仕組みが〜で、法律が・・・で」といったことが書いてある本をいきなり読むと頭が混乱して くるという方でも、この本のように人を中心に書いてあれば、古代ギリシア人というものに少しは親しみを感じながら 読めるのではないかと思います。
古代ギリシアの歴史を知るうえで、ギリシャ各地で発掘された遺跡というものがかなり重要な役割を果たしています。 数多くの遺跡の中から古代ギリシアの歴史を知る上できわめて重要な14の遺跡について、その遺跡にまつわる歴史、 遺跡の様子をまとめた本です。個々の遺跡について名前は聞いたことがあっても、その遺跡がどのようなものなのか ということについて手軽に読める本はありませんでした。14の遺跡の紹介で「事典」というと少々少ないようにも思 いますが、本書はそのような欲求に充分こたえられる本だと思います。なお、本サイトの内容と関連するヴェルギナやペラ についてもかなり詳しく書かれています。
古代ギリシア文明というと、ルネサンスの時期に古代ギリシアの古典が人文主義者によって読まれるようになって以降、ヨーロッパ文明の 起源として位置づけられるようになり、そう言った点からも他の古代文明と比較して現代に強い影響を与えていると見なすことができる文明 です。しかし、ヨーロッパ文明の起源としてギリシアを扱う一方でギリシア世界とオリエント世界を全く交流のない対置される世界としてみ てしまう見方も生じ、それもまた現在にまで至っています。また古代ギリシア史というと古典期(前5世紀〜前4世紀後半)の歴史が中心に なり、それ以前の時代やそれ以後の時代については古典期と比べると扱いがあまり良くなかったりします(史料上の問題もあるのですが)。
それに対して著者の取ろうとする立場はミケーネ時代からヘレニズム期までの構造転換の動態としてギリシア史を把握する「長いギリシア史」 であり、目指すところは地中海を取り巻く様々な文明(エジプトなど)との交流を通じて形成された文明としての古代ギリシア文明像構築です。 そしてミケーネ文明からヘレニズム期までの間で重要そうなトピックを取り上げながら古代ギリシア文明の辿った歴史を描き出していきますが、 近年の研究動向を数多く盛り込み、さらに著者の専門である古代ギリシア考古学の成果がふんだんに用いられています。
一般的な概説書を一度 読んでから本書を読むと、今の古代ギリシア研究でどのようなことが行われているのか、どんなことが問題になっているのか、その一端に触れ る事ができると思われます。一般向け概説書より半歩ほど専門書の方に踏み込んだギリシア史の本というのはあまり見かけませんが、一般書と 専門書の間の橋渡しのような役目を果たしてくれそうな本です。
古代ギリシアの歴史について書かれた本は多数ありますが、この本は図版を多数掲載しながら旧石器時代からカイロネイアの戦いまでの時期 を扱っている本で、エーゲ海文明やミケーネ文化、暗黒時代の話、ポリスについて、そしてアテネの政治や社会についてかなりページ数を割いて 説明しています。また最近の考古学の成果を多数盛り込みながら書かれていると言うことも特徴の一つだと言えます。図版が多いので、字だけ ではわかりにくいところも分かりやすくなっていますし、みていて飽きることなく読めると思われます。
地球外のどこかにある「都市」、そこでは国籍や人種に関係なくすべての人間が同じ目標に向けて頑張るようにし向けられていました。 そのような異世界では、ナチスの将校が大統領となり、その補佐官をソ連の若者が務めるという事態も発生しますし、突然サルの暴動が おきたり、どこにでも出現する赤い館に人が入って出られなくなったりと、奇妙な出来事も発生します。何も知らずに読むと奇妙な物語 程度の感想やナチズムもスターリニズムも全体主義は通底するものがある程度のコメントで終わるのですが、これがかつてのソ連で書かれ、 しかも著者がその内容の危険性ゆえに信頼できる一部の人間に原稿のコピーを託し、長年公開されてこなかったという事をしると、そこに 書かれたこと(暴動を起こすサル、スターリンとチェスをすることになる赤い館等々)にどのような意味が込められているのかを考えねば ならず、かなりハードな読書になることは確実でしょう。諏訪哲史「アサッテの人」講談社、2007年
吃音がなくなった叔父さんが代わりにポンパとか何やら怪しいフレーズを連発するようになり、やがて疾走するという過程を叔父の日記や小説の 草稿などを並べて構成したものと言う設定でかかれています。「アサッテ」というのは「定型」「日常」と対置される物のようで、叔父さんは 奇妙な言葉を使うことで「定型」「日常」にからめとられないようにしていたようです。一応ネタとして軽く読む分には良いんじゃないかと思い ます。
アイヌというと、最近では縄文人の流れを汲む人々であると見られるようになり、彼らの社会もまた縄文時代のような自然と共生し、平等で 平和な生活を送っていたと思われています。しかし考古学の成果をもとに示される、日本の古代から中世にあたる時期の歴史を見ると、丁度 そのころに近世のアイヌ社会に見られた格差の大きい階層社会や特定の交易産品の獲得に特化した狩猟漁労が営まれるシステムが出現した事 が示されていきます。また、そのころの北海道が千島列島やサハリンなど北ユーラシア世界の動向ともかなり深い関係があったことが示され ていきます。タイトルを見ると「アイヌの歴史」となっていますが、話の中心は続縄文文化の時代から中世について詳しくあつかっています。 通説としてる伏しているアイヌイメージとはかなり異なりますが、アイヌの社会も恒に時代に応じて変化していることがよく分かる1冊です。
中世ヨーロッパでは王侯貴族から庶民に至るまで聖地巡礼の旅をすることが流行していたことが知られています。十字軍もそのような 巡礼としての性格を持ち合わせていますが、中世のイベリア半島北部にあるサンチャゴ・デ・コンポステラには現世利益や魂の救済を 求めて数多くの人がやってきたと言うことも知られています。エルサレムやローマと比べると歴史が浅いにもかかわらず中世ヨーロッパ 有数の巡礼地として栄えたサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼の歴史や巡礼と観光、巡礼はどのように行われ、実態はどのようなもので あったのかを述べつつ、巡礼路にあった都市の発展と衰退、巡礼と慈善行為の関係などについても取り上げています。
ルネサンス期のイタリアに現れた風雲児チェーザレ・ボルジアの伝記漫画です。漫画を書くにあたって様々な文献を参考にしながら 納得のいくチェーザレ像を描き出そうとしている作者の姿勢は非常に素晴らしいと思います。連載の方は、文献・資料集めをしっかり やって調べてから書き上げるためかなりのスローペース(「ヒストリエ」よりゆっくりしてるのでは)なのですが、果たしてこれから 「乱世の英雄」チェーザレをどのように描いていくのか楽しみです。その他、コロンブス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ジョヴァンニ・ デ・メディチ(のちの教皇レオ10世)など様々な人物が登場しますが、かれらとチェーザレのこの後の関係はどうなっていくのか。 そう言ったところも気になります。
屍体にとりついた屍鬼が色々な話をして、その物語の最後に王に対し内容と関係する問いを発し、王がそれに答える、すると屍鬼が屍体と 一緒にまた消えて王はそれを拾いに行く…それを延々繰り返していくという形をとって面白い話が語られていきます。一人の娘に婿候補が 3人来た場合どうすべきかとか、息子を犠牲にした忠臣の話、父親の供養に医ったら3人の男の手が出てきた話などなど、話の内容は多岐に わたりますが、屍鬼の問いに対する国王の答えを聞いていると、当時のインドでは身分制は絶対、王は絶対、人々は己の分をわきまえて本 来いあるべき行動をとるべき、そういった考え方が普通になっていたように感じられます。
現在では、飛行機にのって海外に行ったり、インターネットを通じて海外の友人とやりとりしたりといった具合に、 距離的には遠く離れていてもそれを感じさせぬ交流が可能になってきています。しかしそのような「世界は小さい」 というような状況はいつ頃から生まれてきたのかというと、近代に入ってからのことです。19世紀の蒸気船、鉄道、 電信の発展から、世界の一体化、「グローバリゼーション」について書き上げた一冊です。久米邦武やアメリカの 国務長官、濃尾大地震に遭遇したイギリス人女性などの同時代人の証言を交えながら、世界が一つに結びつく様が 書き出されています。
約1000万ともいわれる膨大な人口をかかえる南北4000キロにわたる総面積98万平方キロの広大な領土、「太陽の御子」 を称する絶対的な王のもと、強固な政治・経済・社会を作っている大帝国インカ。しかしそのイメージは様々な虚構を 含んでいることが最近の研究で指摘されているようです。
本書では、「クロニカ」とよばれる探検家、征服者、植民地官吏、 聖職者など様々な立場の人が書き残した文献をさぐり、「帝国」としてのインカのイメージがいつ頃からできあがったのか を探り、インカ帝国の実像についても探っていこうとした本です。主史料たるクロニカには著者の価値判断や政治的意図から 虚構やねつ造が含まれることや、被征服民族出身のインディオの書いたクロニカもあるもののクロニカの主な情報源がクスコ の旧インカ貴族であったことから、旧支配者の視点によってのみかかれているといった問題があることなどが本書を通じて 述べられています。そして、「インカ帝国」像については実際に1530年代のペルー征服に従事した者たちが自らの従軍記録 をまとめたクロニカにおいてペルーに強大な王が支配する広域国家が存在したような記述が見られはじめ、1540年代〜1550 年代にかかれたクロニカにおいて「インカ帝国」像が確立していったということが示されていきます。
そして、そのような インカ帝国のイメージを覆すには考古学や人類学の成果の採用やかつてインカに組み込まれていた被征服民の有力者が植民地 当局に提出してきた報告書や訴状の活用といった新しい史資料の活用もさることながら、主要な史料として用いられてきた クロニカの読み直しが必要であると説きます。内容の大半はインカ帝国に関するクロニカとクロニカ著者についての記述が 占めており、インカ帝国の実像については最終章で触れられる形になっており、インカ帝国について何かを知りたいと思う 人には不満かもしれませんが、通俗的な「インカ帝国」のイメージの原型の形成過程について知ることができる一冊だと思い ます。
人が馬という生き物を単なる狩りの獲物としてではなく自分たちが乗りこなすものと認識して交通手段として用いたり軍馬として 用いるようになってから今日まで、人がいかにして馬を乗りこなそうとしてきたのか。馬の家畜化から説き起こしてヒッタイトの 粘土板や中国の「史記」にみられる馬の扱い方の記述、さらには西洋では最古の馬術書を著したクセノフォンとその著作について の説明などをしつつ、近世以後のヨーロッパにおける馬術の発展の歴史をたどっていく本書を読みながら、人が馬という生き物に対して どれほどの情熱を注いできたのかを考えてみてはどうでしょうか。取り上げている事柄の多さからいってもヨーロッパにおける馬術発展 の歴史を知りたい時には非常に参考になる西洋馬術に関する基本文献になるのではないかと思われます。